長崎地方裁判所 昭和25年(行)16号・昭25年(行)17号 判決
原告 田中純一
被告 長崎地方検察庁佐世保支部 検察官 中道武夫
一、主 文
原告の本訴を却下する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事実及び理由
原告の本訴請求の要旨は、原告は、昭和二十年八月再三の空襲に罹災して住家を失つたので、已むを得ず、神戸市役所勤務を辞めて、肩書地たる上波佐見町に帰つたものである。ところが、(一)訴外小玉猿三は、元警察署長の経歴があり、同町永尾郷に居住して同町々長の公職に就き、在職四年で追放にかかつてからは、同町政を牛耳る陶磁器製造興業組合理事長になり、組合員たる町会議員一瀬忠一を無投票で町長に推し立て、昭和二十一年末退職金五万円を受けて、追放の裏に隠れ、町政及び商工業界に指導的役割を演じているものであるが、町長在職中、(イ)昭和二十年末罹災者全部に対し各一点宛毛アンダーシヤツ八百枚、藤幸シヤツ、チヨツキ、傘、靴等千四百四十三点を配給した旨配給証明書に記載しながら、原告には一点の配給をもせず、(ロ)町内十二郷に対する配給用として、同年十一月六日同町農業会からローソク六千五百本を受け取りながら、役場備付の配給台帳には、千四百二本を受け取つたように記載して、その差額五千九十八本を配給せず、(ハ)同日前同様同町農業会から女工員服上六十着、靴下四百六足を受け取りながら、これを配給せず、(ニ)同年十月二十七日前同様同町農業会から罐詰二万三千七百三十三個その他を受け取り、初め配給割当表にもその旨記入しながら、これを消除し、配給しないで、夫々処分しており、同訴外人の以上の行爲は、公文書僞造及び業務横領罪に当る。(二)訴外岸川新吉、同岸川達二(新吉の長男)は、昭和二十年八月から同二十二年四月まで同町永尾郷の配給部長の職にあつたところ、共謀の上、(イ)昭和二十年十月一日罹災者配給用として、長崎縣援護課長から町役場を経由して毛アンダーシヤツ八十枚、藤幸シヤツ三十五枚、小供傘四十五本、大人傘二十九本、蛇の目傘三本、チヨツキ二十五枚、靴下九十足、合計三百十五点を受け取りながら、当時永尾郷部落会長であつた訴外森猪與作と共謀して、内チヨツキ五枚を北村ヤス外四名に配給しただけで原告には全然配給せず、(ロ)同年十二月八日前同様第一回分毛布二十三枚、蚊帳一枚、同月二十四日第二回分毛布十七枚、同二十一年第三回分毛布十四枚を町役場から受け取りながら、訴外森と共謀して、内毛布四十三枚を配給しただけで、毛布十枚、蚊帳一枚を配給せず、(ハ)同二十一年一月十六日前同様町役場配給係からヱンカン服二枚、暗幕二枚、ヱプロン二枚、モンペ一枚、夏シヤツ二枚、作業上衣一枚を受け取りながら、これを配給せず、(ニ)同年四月前同様襦絆十七枚、同年七月二十四日幌蚊帳二張を受け取りながら、これを配給せず、(ホ)同年六月二十七日前同様町役場からアルマイト鍋十個を受け取りながら、これを配給せず、(ヘ)同二十二年二月前同様帽子十個、女兒服一着を受け取りながら、これを配給せず、(ト)同二十年十二月頃罹災者用衣類一枚を住吉常に配給していないのに、恰も眞実配給したように、岸川提出の配給台帳に虚僞の記載をし、(チ)同二十一年七月二十四日罹災者配給用幌蚊帳各一張宛を福田良一、三浦富治に配給しないで、罹災者でない同郷藤田進、北村カチヱに賣却しながら、恰も眞実配給したように岸川新吉提出の收支受拂簿に虚僞の記載をし、(リ)同年六月罹災者用アルマイト鍋を島原兵吉に配給していないのに、恰も眞実配給したように、配給台帳に虚僞の記載をし、(ヌ)同台帳には、金巾を一部罹災者に配給したように記載しながら、配給年月日、一人宛数量等を記載していないところから見ると、不正にこれを処分したものと認められ、(ル)同年十二月五日釜を太田清臣に配給したように帳簿上なつているけれども、罹災者中には該当者がないから、不正にこれを処分したものという外はなく、(ヲ)同年九月二十六日罹災者用作業衣袴、夏襦絆、綿コート各一枚宛を兄外尾利喜太及び妹外尾フジ子に夫々二重配給した外、同一世帶に属する夫山口傳一、山口ハシノ母岩永チカ及び夫太田豊喜、妻太田フサ等にも亦二重配給し、(ワ)訴外森猪與作と共謀して、外地引揚者鈴木絹夫の妻カズヱ及びその子四名は、昭和十九年十一月頃中支から自由帰国したものであつて、戰災に罹つた事実がないにもかかわらず、恰も同人等が眞実引揚罹災者であるかのように虚構して、蒲団六枚毛布四枚、蚊帳一張、軍衣袴四着外七十四点を配給しており、岸川父子の以上の行爲は、文書僞造、業務横領及び詐欺罪等に当る。(三)訴外森猪與作は、終戰前から昭和二十一年三月まで、永尾郷部落会長兼町会議員の職にあつたもので、訴外小玉猿三と親交があり、原告方近隣の小林方小屋及び山間等で、毎月白晝公然と数頭の牛を密殺して闇賣し、屠殺税及び販賣税を納付しないで暴利を得る外、陶磁種類その他をも闇取引して資産を蓄積し、闇をせぬものは人でない等と放言しており、訴外亡尾崎庄太郎は、同郷部落会副会長の職にあつたものであるが、(イ)訴外岸川父子と共謀の上、前示(二)の(イ)(ロ)(ワ)の行爲をし、(ロ)昭和二十年春頃部落民の栄養補給及び農業用に配給すると称して、佐世保海軍工廠上波佐見分廠から食用油入ドラム罐及び石油入ドラム罐各一本を無償で貰い受け保管中、勝手にこれを費消しており、訴外森、尾崎の以上の行爲は、業務横領罪等に当る。(四)訴外鈴木絹夫は、その家族中外地引揚者は同人一人だけであつて、妻子五人は、前示(二)の(ワ)記載のように眞実引揚罹災者でないにもかかわらず、訴外森等に頼み込んで、恰も家族全員引揚罹災者であるかのように裝い、右(ワ)記載の物品の外多数の特配物資の配給を受けてこれを編取しており、(五)訴外島尾久米司は、外地引揚者であり、前助役橋口強が公職を追放された後、訴外小玉、森等の推薦により、上波佐見町助役に就職したものであるが、昭和二十二年四月町役場階上に引揚者会なるものを設けて、爾來縣援護課長等から罹災者用援護物資配分の委託があつた場合は、右物資を同会に引渡し、同会をして、何等民政委員との協議を経ることなく、これを戰災者を除外し專ら引揚者だけに殊にその貧富等の事情を全然顧慮せず、訴外森、岸川の親類縁者及び自身に厚く不正配給させて業務上横領したのである。
そこで、原告は、斯様な封建的闇行政を撲滅して、町内の平和と民主化とを図るため、昭和二十三年十月二十七日訴外小玉猿三、岸川新吉、岸川達二、森猪與作、尾崎庄太郎、鈴木絹夫、島尾久米司を相手取つて、前示業務横領、文書僞造、詐欺等の告訴状を上波佐見町警察署長警部補新ケ江豊に提出した結果、右事件は、同年十二月十八日頃被告支部に送付されたのであるが、その後原告から再三書面又は口頭でその取調方を催促したにもかかわらず係りの寺下檢事は、現行犯の身柄事件取調のため多忙である等と称して、八箇月間に亘り放置して取調をしないまま、島原檢察廳に轉勤してしまい、その後任として赴任した被告中道檢事は、同二十四年十月十七日出頭すべき旨の呼出状をハガキで原告に寄越したが、その呼出状の発信廳が佐世保か長崎か判らず、郵便局の消印も亦不明であつたため、当時小玉等に対する前示事件と関連する一瀬上波佐見町長及び福重町会議長に対する告訴状を長崎地方檢察廳檢事正宛に提出していた原告としては、右呼出状は、長崎地方檢察廳から発せられたものと思うとともに、生憎原告の右足に腫物ができて歩行困難でもあつたので、宛名を長崎地方檢察廳中道檢察官として、一週間の延期願をハガキで出して置いたところ、意外にも被告中道檢察官は、同月十八日附で小玉等に対する前示告訴事件について、不起訴の処分をし、同月二十二日原告に対し、その旨の通告をしたのである。けれども、同被告のした右不起訴処分は、原告提出の告訴状に添付された町役場の配給台帳を、原告立会の上取調べることもせず、專ら新ケ江署長がその部下宮本及び松尾甫巡査部長に命じて作成させた聽取書を基礎としてされたものであり、しかも(一)新ケ江署長は、被告訴人小玉が早岐警察署、佐世保警察署の各署長であつた時代の部下であつた模様であり、且つ同人は、新ケ江署長が上波佐見町警察署長に任命されるに当つても、これに干與しており、(二)又松尾巡査部長は、被告訴人岸川新吉の兄秀作の娘を娶り、新吉の二女を自己の弟の妻とする間柄であつて、予て町の善政とは儲けることであり、惡政とは損することであると考え、非合法手段を以つて金銭物質の番大の役割を果すことを警察道徳とし、民主的町民の從順に守るべき道徳であるという思想を抱懐しており、昭和二十一年八月末原告が岸川新吉の弟岸川己之治等の犯した井戸及び土地二坪の強奪、住居侵入、暴行、未成年者恐喝等の所爲について告訴をしたところ、これを握り潰したことがあるばかりでなく、更に、同二十五年三月十五日原告の二男俊雄当十七才が不良青年溝口国見に誘拐されて帰宅する途中、小林幸子当十一才が折柄の暴風雨のため困つているのを見かねて、保護を加えようとしたのを誤解され、同女の父袈裟吉外三名から全治一週間を要するひどい傷害暴行を受け、傘、ズボン等を毀棄され剩え、強姦未遂として十四日間の拘留保護処分にまで付されたので、原告は、斯様な処置は、子供を犧牲にする人権蹂躙の違憲処分であるとして、目下最高裁判所に再抗告中であるが、小林一味の右傷害、毀棄、誘拐事件は、松尾巡査部長が、司法主任として、同人等をかばい、原告のことを告訴業で徒食する無頼漢であるかのように書き立てたため、ついに不起訴になつてしまつたことがあり、斯様な関係で、前示聽取書は、小玉等に対する前示告訴事件の証拠を湮滅して、同人等の処罰を免れさせる目的で作成された虚僞と中傷とに満ちた書類に外ならないから、本件不起訴処分は、憲法第十一條乃至第十七條、第十九條、第二十五條、第二十七條、第九十七條乃至第九十九條、国家公務員法第二十七條、第七十一條、第九十六條、第九十九條、第百九條、刑法第百九十三條等の諸規定に違反する違法のものといわなければならない。
そこで、原告は、同二十四年十月二十三日佐世保檢察審査会に対し、右不起訴処分の審査申立をしたところ同委員会は、公正に審査を遂行すべき職責を怠り、証拠を蒐集したり、申立人を立ち会わせて質問應答したりすることもせず、專ら檢察官に同調して証拠がないとの理由で、右処分を相当と認める旨議決したのである。
從つて、憲法第十七條、第三十二條、第六十五條、第六十六條、第七十三條、第七十六條、第七十七條、法務府設置法第一條、第二條、第五條、第七條、第十三條の六、行政事件訴訟特例法第一條乃至第三條、第六條、刑事訴訟法第二百三十條、第二百三十九條等の規定により、被告中道檢察官の本件不起訴処分の取消を求めると同時に、原告は、同示告訴状提出の時から右不起訴処分までに、紙代金五十円、自動車賃金二百五十円、証拠書類写作成等の勤労日当一日金百円として、六十二日分金六千二百円、前示檢察審査請求の時から議決までに複写紙代金六百三十円、自動車賃金七百三十円、食費金百五十円、合計金八千円を費消しており、右金員は違法な本件不起訴処分により、原告の被つた損害に外ならないから、被告等に対し、これが支拂を求めるため本訴に及んだというのにある。
けれども、刑事訴訟法第二百四十七條の規定によると、公訴権は檢察官の專行するところに属し、檢察官は事件が告訴、告発その他の請求によると否とを問わず、自己の裁量によつて、事件の起訴、不起訴を決定する権限を有するのであつて、その起訴処分については、專ら刑事訴訟手続によりその当否を判断する外、他にこれを攻撃する途の全然ないことは、一点疑を容れないところであると同時に、その不起訴処分についても、前示條項の外、特に職権濫用罪の場合に関して、同法第二百六十二條以下に、直接裁判所の審判を請求することができることを明定し、更に、檢察審査会法により、檢察審査会の審査を求めることができる途を拓いている法意に徴するときは、これら特別の場合を除いては、裁判所と雖も、檢察官の不起訴処分に対して制約を加えることを許されないものと解するのがまことに相当である。そうだとすると原告の本訴請求中、不起訴処分の取消を求める部分は、夫自体裁判所の裁判権に属しない事項を目的とする不適法のものというべきである。
次に損害賠償請求の適否の点であるが、元來行政事件訴訟特例法第六條が、行政廳を被告とする行政処分の取消変更の訴に関連請求の訴の併合を認めた所以は、これにより、審理の重複及び裁判の矛盾牴触を避けようとする便宜に出でたものであることが明らかであるから、前訴の併合を許容するがためには、受訴裁判所が少くとも前訴について裁判権を有する場合であることを要し、そのこれを有しない場合には、もはや併合を許さず、前訴に併合し行政廳を被告として提起された後訴は、不適法として却下を免れないものと解すべきところ、本件において、檢察官の不起訴処分の取消につき、当裁判所に裁判権を存しないことは、前陳のとおりであるから檢察官及びその所属檢察廳たる被告等を相手方として併合提起された原告の損害賠償請求の訴も亦、所詮不適法という外はないのである。
そこで訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九條を適用し主文のとおり判決した次第である。
(裁判官 林善助 厚地政信 吉江清景)